ASJ Freshニュース 第106号 (2023年6月30日号)

◆ 音分野の学生が語るヒューマンビートボックス

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日本音響学会 学生・若手フォーラム 
ASJ Freshニュース 第106号 
2023年6月30日 発行 
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はじめに

蒸し暑くなってきて,今年もコンデンサマイクの保管に気を遣う季節がやってきましたね.これまでASJ Freshニュースでは,学生若手フォーラムのスタッフの趣味を特集してきました. 

今月号のASJ Freshニュースは『スタッフの趣味』シリーズ第4弾ということで,フォーラムスタッフの小口が趣味の「ヒューマンビートボックス」について,熱気のようなものをみなぎらせて語ります!

音分野の学生が語るヒューマンビートボックス

ヒューマンビートボックスとは

まず,ヒューマンビートボックス(以降ビートボックスと呼ぶ)とは何かというと,世界初の書籍である『Human Beatbox – Personal Instruments』では,「音声器官のみを使用して,リズムのあるドラムサウンド,メロディーまたは模倣した楽器を創りだす芸術」とされています [1].つまり,ボイスパーカッションのようなアカペラにおける打楽器のパートとしてではなく,人間の口だけで演奏される音楽全般をビートボックスといいます.

日本国内では,YouTuber として活動している HIKAKIN が動画内でしばしばビートボックスを披露していますね.

Beatbox Game – Hikakin vs Daichi 【2021】


学術研究に目を向けると,ビートボックス音の認識器を構築する試み [2] やMRI や ファイバースコープカメラを用いて,ビートボックス中の口や喉の振る舞いを観察した研究があります [3, 4].日本国内では,ビートボクサーへのヒアリングを通じて文化の変遷を調査した研究 [5] や大会の予選を通過したビートボクサーの技構成を分析した研究 [6] など,研究されはじめたのは比較的最近のことです.ビートボックスが比較的新しい音楽表現であることと,データの収集が困難であることから,研究事例は極めて少なく比較的ブルーオーシャンといえます.

ヒューマンビートボックスの形態

一人で行う『ソロ』の他,2人組の『タッグ』,3人以上でおこなう『クルー』という形態があります.

ZieGer | JPN CUP ALL STAR BEATBOX BATTLE 2023 | Tag Team Wildcard

YA NA HA – GBB23: World League Crew Wildcard | Free your life


また,録音をループして再生する機器であるループステーションを使用して,ビートボックスを重ねながら音楽を作るビートボクサーは『ルーパー』と呼ばれます.生の声だけでなく,機器の内蔵エフェクトを駆使しながら録音した声を加工して得られる多彩な音色とビートが魅力です.

SyJo – Let you go | Wildcard Ostdeutsche Beatbox Meisterschaft 2022

 

ビートボックスの技 

解説動画がいっぱい

昔でこそ,ビートボックスの技を身につけようと思ったら見よう見真似で試行錯誤して覚える必要がありました.しかし,今ではプロのビートボクサーによる解説動画やチュートリアルがたくさん公開されています.

日本一が教えるヒューマンビートボックス講座

1 Beatboxer, 50 SNARES!

1 BEATBOXER | 30 BASSES

アウトワード・インワード・ノーワード 

ビートボックスの技は,アウトワード・インワード・ノーワードの3つに大別されます.これらは息が流れる方向を表しており,アウトワードは息を吐いて,インワードは吸い込んで出す技です.ノーワードは,息を吸ったり吐いたりせずに出せる技や,口の中にたまった空気を利用して出す技を指します.

技がどれに分類されるかを意識することは,ビートを組む上で重要です.アウトワードのみのビートを一息で打てる時間には限りがありますが,途中でインワードの技を挟めば息継ぎなしでビートを打ち続けられます.また,ノーワードは息を吸いも吐きもしないので,他のインワード/アウトワードの技と組み合わせることができます.Kenozen が編み出したとされる Kenozen ベースは,舌の付け根を上顎に押し当てながら頬にためた空気を押し込むことで鳴らすノーワードのベース音です.有声音を出す空気の流れとは独立しているため,歌いながら自由なタイミングで打つことができます.

KENÔZEN | Bring The Action | World Beatbox Camp 2018

 

ビートボックスとは弾性振動である

しばしばビートボックスには音声言語には現れないような音が聴かれます.しかし,その発音のほとんどは「いかに声帯以外の部分で振動を起こせるようになるか」ということに帰着されます.

まず,我々人間の声はどのように出されているのかを考えてみます.肺から押し上げられた空気が閉じた声門によってせき止められ,声門の下圧と上圧の差が生まれます.すると一時的に声門が開き,圧力差がなくなると弾性によって再び声門が閉じます.これを繰り返すことで周期的な空気の圧力変化が生まれ,有声音として知覚されます(図1).声帯にポリープができたり,何らかの疾患で声帯の制御に異常をきたしたりすることで振動が非周期的になると,いわゆる嗄声や病的音声と呼ばれる歪みを伴った音声になります.

File:Vocal fold falsett animated.gif - Wikimedia Commons

図1.声帯振動のアニメーション (https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Vocal_fold_falsett_animated.gif より引用)

ここで重要なのは「空気を弾性の高い物体でせき止める」という点です.人体のほとんどは柔らかく,筋肉の緊張によってその弾性をコントロールできます.したがって,舌でも唇でもとにかく息を塞いで圧力差を生み出せば,周期的であれ非周期的であれ自由に振動させることができます.実際,クリックロールは舌を使ってせき止めることで舌先を振動させる技ですし,

Click Roll Beatbox Tutorial – D-low

インワードベースは声帯より少し上にある仮声帯と呼ばれる部分を振動させる技です.

INWARD BASS BEATBOX TUTORIAL BY B-ART

このように,ビートボックスの技のほとんどはこの弾性振動を利用します.

加えて,声帯以外を振動させて音を出せるということは,複数の音を同時に演奏できるメリットがあります.例えば,唇を振動させるリップベースはアウトワードの技ですが,有声音を出す空気の流れを利用することで,歌いながら同時に鳴らすことができます.Gene Shinozaki はこの組み合わせの名手で,リップベースと有声音でベースとメロディを同時に奏でることができます.

【Rofu生配信切り抜き】Geneさんのハモリを聞くもビートボックスを続けるFuga

 

私が思うビートボックスの魅力

最後に,私がなぜビートボックスに取り憑かれてやまないのか,その魅力についてご紹介します. 

音声の多様性に触れる 

ドラムなどの楽器音の模倣にとどまらず,ビートボックス独自の多様なサウンドが取り入れられるようになりました.年々新しい技が開発され,ビートもより複雑に,音楽的になっています. 

TOP 10 DROPS 😱 Grand Beatbox Battle Solo 2019

YouTube
作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有

 YouTube などでこういった動画を見るにつけ,普段私の研究している音声がいかに限られたものであるかを思い知らされます.ビートボックスだけでなく,スポーツやあらゆる活動にも言えることですが,自分の限界に挑戦し,新たな技術・表現を生み出していく営為を私はたまらなく美しく感じるのです. 

バトルがアツい! 

ビートボックスはヒップホップのようなストリート文化の影響を色濃く受けており,その一つにバトルがあります.お互いが自身の技を披露し,よりヤバいビートボックス(語彙力)を奏でた方が勝ちです.バトル中では,相手が繰り出した技を「こんなの俺でもできるぜ」とコピーして返す『カウンター』や,「それやるの2回目だぞ」「それパクリじゃん」とジェスチャーで煽ったりします. 

BATACO vs CODFISH | Grand Beatbox SHOWCASE Battle 2018 | SEMI FINAL 

 毎年,国内外問わずオンライン上でもたくさんの大会が開かれ,世界中のビートボクサーがしのぎを削っています.

そして,トップカンf…最も規模の大きい世界大会の一つである Grand Beatbox Battle (GBB) が今年2023年はなんと東京で開かれるんです!残念ながらチケットは完売してしまいましたが,GBB を運営している swissbeatbox の YouTube チャンネルhttps://www.youtube.com/channel/UCzgUc_EaBp2-u-zEvTC6P0gで生放送される予定ですので,興味を持った方はぜひご覧ください. 

参考文献 

[1] P. Matela, “Human Beatbox-Personal Instrument,’’ Merkuriusz Polski, 2014. 

[2] T. D. Torcy, et al., “Analysis and automatic recognition of human beatbox sounds: A comparative study,” Proc. ICASSP, pp. 4255-4259, 2015. 

[3] M. Proctor, et al., “Paralinguistic mechanisms of production in human “beatboxing”: A real-time magnetic resonance imaging study,” The Journal of the Acoustical Society of America, Vol. 133, No. 2, 2013. 

[4] T. D. Torcy, et al., “A video-fiberscopic study of laryngopharyngeal behaviour in the human beatbox,” Logopedics Phoniatrics Vocology, Vol.39, No.1, pp.38-48, 2014. 

[5] 河本 洋一, “日本におけるヒューマンビートボックスの概念形成,” 音楽表現学, Vol.17, pp.33-52, 2019. 

[6] 繁松 佑哉 他, “Grand Beatbox Battleにおける予選通過者と敗退者の楽器と構成の比較分析,” 情報処理学会研究報告(MUS), Vol. 2020-MUS-126, No. 2, pp. 1-6, 2020. 

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