◆ コロナ禍で博士号を取得された方へのインタビュー
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日本音響学会 学生・若手フォーラム
ASJ Freshニュース 第82号
2021年4月30日 発行
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はじめに
今回のASJ Freshニュースは,今博士号を目指している方々にコロナ禍での博士取得に関する情報を紹介するために,今年博士号を取得された2名の方にインタビューをさせていただきました。お二人はそれぞれの分野で今でも大活躍しています。そんな優秀な2人の経験談をぜひご覧ください!
博士後期3年時の流れ
まず,お二人の経験談の前に,博士後期課程3年次の大まかな流れを説明します.時期は各大学によって異なるので,ここでは流れのみ説明します.
- 学位論文(博士論文)の執筆&提出
- 博士課程での研究内容について執筆
- 中間審査
- 呼称は各大学により異なる
- 審査員の先生の前で研究内容を発表
- 博士論文と発表について審査される
- 博士論文修正&提出
- 中間審査で審査員の先生よりいただいたコメントをもとに博士論文を修正
- この時点でほぼ最終版
- 最終審査
- 呼称は各大学により異なる
- 実施方法は大学によって異なるが,中間審査と異なり,審査員だけのクローズな場ではなく,聴講者ありのオープンな場で実施する場合もあり
どうやったら卒業(修了)&博士号取得?
修了要件は大学によってさまざまです.博士論文の提出だけでなく,業績(対外発表本数,ジャーナル論文本数)に対して条件が設けられている場合が多いです.また,博士論文は大学のリポジトリなどでの公開が義務付けられている場合があります.
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インタビュー1: 東京大学 猿渡・小山研究室 特任助教 兼 日本音響学会 学生・若手フォーラム 副代表齋藤 佑樹HP: http://sython.org/
・博論作成時の様子
基本的には,これまでに執筆したジャーナルが1つのチャプターに対応するように作成しましたが,大学院の研究でわりと好き勝手にやってきた内容を1つにまとめるという作業(自分の計画性の無さを深く反省…)と,博士論文で一貫して主張しなければならない哲学的な部分を考えるという作業が非常に大変で,これに大半の時間を費やしたのではないかと思います.あとは,ジャーナル毎にバラバラだった notation とかを揃えたりする作業もありました.
・博論提出の方法
中間審査(予備審査)と最終審査(本審査)の際に提出する書類(博論も含む)は完全にオンライン提出でした.便利といえば便利でしたが,「提出した感」はほとんどないのでちゃんと提出できたかどうかは不安だったりもしました.審査後の最終提出は原本を物理的に提出する必要があった(これも郵送でOK)ので,その時だけは大学の事務に直接提出しに行きました.
・中間審査の様子(会場?リモート?)
Zoom で行われました.私が所属する専攻では中間審査は closed なので,私と審査員の先生方だけが参加するという形式でした.本審査のときも同じ感想を抱いたのですが,普段自分が生活している空間がそのまま審査会場となるので,審査と日常の境目が曖昧になる(審査を終えても同じ部屋に居続けているので終わった感が出ない)という感覚を味わいました.
・博論修正時の様子
幸い,修正事項はそこまで多くなかった(と思う)ので,提出締切ギリギリまで作業しなければならないということにはならなかった気がします.ただ,タイポがないかどうかは何度も見直しましたが,いっこうにタイポがなくならずにつらい気持ちになったことはありました.
・最終審査の様子(会場?リモート?)
中間審査とは異なり open な形式での審査(希望者がいれば聴講での参加が可能)だったので,比較的リラックスした状態で審査に臨めた気がします(年始早々での審査にもかかわらず来ていただいた皆様には本当に感謝しております).博士論文の内容に関する質問だけでなく,当該分野に対する見通しなどの質疑もあり,最終的には楽しんで審査を終えることができたのではないかと思っています.
・審査直後の感想
審査を終えて博士号を取ったという感覚はすぐには湧いてきませんでした(もろもろの事務手続き等があったからというのもあります)が,学位記授与式当日を迎えてようやく博士課程を修了した感が出てきた気がします.
・就職活動の様子
私は幸運にもかなり早い段階で現職のお誘いをいただけたので,ほぼほぼ就活はしていません(あまり参考にならず申し訳ありません…).博士論文審査が全て終わった2週間後くらいに1社だけ面接を受けたりもしましたが,審査が終わって開放感があるにもかかわらず就活をしなければならないということもあってメンタルはボロボロで,ほとんど準備ができずにダメダメな結果になって終わってしまいました.博士課程進学を検討している皆様への助言としては,「学会で発表したり論文を書いたりするのも就活の一つ」なので,常に自身のプレゼンス向上を意識して活動していくと良いと思います.
・博士後期課程全体の感想
私は基本的に自分に自信がないので,博士課程でやっていけるかどうかは常に不安でしたが,「博士課程に進学したことを絶対に後悔しない」という自信だけはあったのでなんとかやってこれた気がします.博士課程3年目はコロナ禍の影響もあって多くのことが変わり,研究室に行けずに自宅での作業を余儀なくされる場面も多々ありましたが,研究室のスタッフの皆様,博士論文審査員の先生方,教務の皆様,そして家族や友人をはじめとした多くの方々の支えもあってなんとか博士号を取得することができました.実を言うと私は博士号取得にそこまで興味がなかった(修士課程の2年だけで研究が終わってしまうのがもったいなくて,大学院での研究生活を延長したかったというのが大きい)ですし,最終年度は「仮に博士号取得できなくても自分がこれまでにやってきた研究は無駄にならないので,博士号取得できなくても別に良いんじゃないか」と思ったりもしましたが,これまで私を支えてくださった皆様への恩返しの意味も込めて博士号取得を目指すことにしました.浮き沈みがいろいろあった3年間でしたが,時間平均を取ればなんやかんやで楽しかったと言える博士課程だったと思います.
・謝辞
最後になりますが,今回の記事を執筆する機会を与えてくださった「日本音響学会 学生・若手フォーラム」の皆様に深く御礼申し上げます.ありがとうございました.紙面の都合上ここには書ききれなかった裏話などもいろいろあるので,もし興味がある方は学生・若手フォーラムに入会(asj.fresh.contact(_at_)gmail.com に入会希望メールを送信)した後に私に直接聞いていただければと思います.何卒よろしくお願いいたします.
インタビュー2: 名古屋大学 戸田研究室 研究員李 莉HP: https://lili-0805.github.io/
・博論作成時の様子
博論の構成をなかなか決められず,実際に執筆を始めたのはコロナ第三波の入り口といわれた11月中旬です.私は静寂な環境より人気のある環境の方が集中できるタイプで,以前はよくカフェなどで論文を執筆していました.しかし,コロナで外出自粛が呼びかけられる中ではこのようなこともできませんでした.また,研究室での滞在も控えた方がいいと判断し,参考書を全て家に持ち帰り執筆を進めました.自宅での博論執筆は自身の集中力や惰性と戦う毎日でした.
・博論提出の方法
PDFファイルのオンライン提出のみで完結し,押印などの従来の手続きは全て省略されました.
・中間審査の様子(会場?リモート?)
中間審査も試験の一環ということで,私と試験監督である主査の先生のみの会場で実施されました.副査の先生方はリモートでの参加でした.
・博論修正時の様子
初稿を完成できれば卒業できる状況だったので,修正は他のタスクや自分のメンタルと相談しながらかなり気楽に進められました.
・最終審査の様子(会場?リモート?)
中間審査と同じ形式でした.
・審査直後の感想
翌日が中国の大晦日だったので,「終わった!これでゆっくり旧正月を過ごせる!」という気持ちでした.博論提出から最終審査まで一か月ほど間が空いたため,審査直後の解放感がやや薄れたように思います.それでも富士山に登頂できたときと似たような達成感と喜びがあり,それまでの疲れや不安,自己嫌悪が一気に吹き払われた感覚でした.あの瞬間は自己肯定感に満ちていましたね.
・就職活動の様子
D3時点で就職活動はほとんどしていませんでした.私は博士後期課程への進学前から外資系企業,日本の企業と大学での研究をそれぞれ体験したいと思っていたので,D1からインターンシップや共同研究の機会を積極的に作りました.幸運 にも,その時の先方の先生からお声をかけていただきました.
・博士後期課程全体の感想
博士後期課程に進んでよかったと思います.研究能力も勿論ですが,世の中すべてのものを過信せずに自分で情報を収集して考える習慣を身に着けたことが人生にとって大事だと思います.また,最初の二年間に様々な国を訪れ,たくさんの人と出会えたことも私にとって貴重な経験でした.実際に多種多様な考え方に触れてみることで,自身の考え方もより柔軟になり,自分の望むライフスタイルを見つけることができました.しかし,このような生活はコロナ禍で一変して,新たな出会いはおろか,親や知人と会うことすら難しくなりました.私はインドア派なので最初は家に引き籠るくらい全く問題ないと思っていましたが,実際は違いました.気づけば研究と生活の切り替えがなくなり,友人とも会えずに人とのコミュニケーションが激減したことがストレスになっていました.加えて,その時期に修了要件を満たせない危機に直面したことで心が折れ,一時的に休学を考えたこともありました.そこで,私は二か月ほど研究から離れて自分と向き合うことにしました.幸いにも博論を書く時期には,「博士は人生の通過点でしかない,今年だめならもう一年やればいい」と自分を説得できたために研究のモチベーションを取り戻せました.寄り道はしましたが,一番付き合いが長い自分のことを知るいい経験になったと今は思います.外部との繋がりが弱くなっているこの時期こそ,自分自身と向き合ういい機会だと思います.コロナ禍での後期課程は以前と比べてより孤独に近づくかもしれませんが,それでも,周りには自分を助けてくれる人々が常にいることを忘れずに,自分の心の声を聞きつつ博士号に挑めばよいのではないでしょうか?成功例ばかりが発信される時代ですが,このような些細な失敗談で皆さまに少しでも自信を与えられると幸いです.